Great discovery doesn't show from the brain of the scientist by the perfect form suddenly. The fruit born from storage of an enormous study.
偉大な発見は、いきなり完全な姿で科学者の頭脳から現れるわけではない。膨大な研究の積み重ねから生まれる果実なのた。
Marie Curie
今日は学校に行かず、ナショナルテストの過去問とひたすらにらめっこしてました。
とりあえず、並べてみました。
だいたい、こういうのって、傾向つかむのですらなかなか至難の業だったりしますからね。苦戦が強いられるかと思いきや、、、
意外と簡単に見つかりました笑
- まず、2010年からシラバス変更があったこと
- ナショナルテストは、その3年後、具体的には2013年から傾向が一気に変わった
- 2014年と2015年の2つに関しては、数字変えただけじゃね?ってぐらいそっくり
- 2016年から、とてつもなく問題が簡単になった
そもそもシラバスが変更される前までのテストの内容が難し過ぎて。
少しホッとしています。
現行のテストでなら、1年あれば、
僕の目標の1つである、子どもたちのスコアアップが期待できそうです。
過去問を解きながら、
- その問題が教科書の何ページとリンクしているのか
- どの分野の知識が問われているのか
なんてことをメモしながら、自分なりにノートにまとめる作業をしていました。
そんなことをしながら、
なぜこの問題が採用されたのか?
なんてことも考えてしまいました。
そもそも、
どんな役職の人が、どんな狙いでテストを作成しているのか、
ということについては、
同僚みんなして、知らん!の一点張りでしたから。なんとか、僕がタンザニアにいる間に、少しでも情報がゲットできたらなーと。
ナショナルテストについて。
僕の感想としては、
- 使われている英語が難しい。
- 計算の処理がやたら細かい。
- 教科書のドリルのような問題が多い。
という印象です。
このテストでは、
思考力判断力表現力等を測れないのかな?
なんて生意気なことを思ったりしたわけであります。笑
今、日本でも言われている
勉強力と学力の違い。
勉強力を、
設定されたゴールに向かって、勉めて強いることをやり抜く力
と定義するのであれば、きっとタンザニアの学校では、この勉強力をひたすらトレーニングして鍛えているのだろう、と思います。
時には、チャパ=体罰 とかもして、とにかく言われたことをやり抜くということが子どもたちには求められています。
それだけじゃダメだって思います。
特に、タンザニアの子たちって、
学校で勉強してる姿がとっても楽しそう
なんですよね。
それを見てると、その力だけをつけるんじゃなくて、その次のステップにも踏み込んだことしたいって思うんですよね。
第一に、生きること自体が学ぶことであり、学ぶことこそが生きることに繋がるわけで。この学びこそが学力だ、と考えています。
日々生きていて、未知の状況にも対応できる応用力が必要だったりするわけで。
その力こそが、思考力判断力表現力だったりするわけで。
でももちろんそこには、まずはある程度の勉強力で培った知識が必要なわけで。
激動する社会を生き抜く力
が必要だ、なんて日本で言われてますけど。
それは、タンザニアだって、アフリカだって関係ありません。全く同じ状況だと思います。だって、全世界において、目まぐるしく変化していく時代なんですから。
だからこそ、
ナショナルテストのスコア
という目に見えるゴールだけに向かって授業するのはつまらないし、僕がせっかくここに来ている価値もないのかな、
なんて思ったわけであります。
学力がつく授業をする!
すごく曖昧で抽象的な表現ですが、そんな目標を掲げました。今日。改めて。
道を歩いていたら、
水が弾け飛ぶよ、タンザニアで。
また明日。